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「やるしかなかった」清掃の仕事で、羽田空港を世界一に!彼女の人生を変えた“発想の転換”とは?

国際航空運輸格付け会社の英国「SKYTRAX社」より“最も清潔な空港”に選ばれている羽田空港。その栄誉には、カリスマ清掃員としてメディアにたびたび取り上げられたことでも有名なある女性が深く関わっていることを知っていますか? 今回は「環境マイスター」として、スタッフ指導、清掃用品開発にわたるまで幅広く活躍する新津春子さんに、「周りとのコミュニケーションを上手に図りながら仕事をこなすコツ」について、お話を伺いました。

「清掃」の仕事との出会い「やりたかった」のではなく、「やるしかなかった」

――数ある職業の中で、どうして清掃の仕事を選んだのですか?
17歳の時、家族で中国から日本に来ました。当然生活をするのだから仕事をしなければならない。けれども日本語が話せず、コミュニケーションが困難だったこともあり、できる仕事はごく限られていました。その中でも「家族でできる仕事がいい」と考えたら、清掃の仕事しかなかったのです。高校へ通いながら朝晩、数多くの現場に行きました。機械の操作方法や洗剤の種類など、工夫が必要で覚えることも多く、夢中になりました。

――それでも高校卒業後は、別の会社に就職なさったのですよね?
そうです。17歳から1年間は仕事だけをして、高校へ入学したのは18歳の時でした。そして、卒業後は一旦清掃の世界から離れ、音響機器の製造会社に就職。ヘッドホンなどの組み立てやはんだ付け、検査や修理などの仕事をしていました。しかし一通り仕事を覚えてしまうと、だんだんと面白さを感じなくなってしまって。

技術を習得して資格試験を受け、もっと上に挑戦することもできたと思うのですが、「それはできない」と言われました。その職場には、作業員に資格を取らせるというような制度はなかったのです。同じことの繰り返しになってしまったうえ、清掃の仕事と違って座ったままでの作業だったので物足りなさを感じるようになって…。清掃の仕事に戻りました。

技術を磨く中で、「全国ビルクリーニング技能競技会」への出場が大きな転期に


――清掃への情熱を抑えきれず、今度は清掃の仕事を自ら選択したのですね。
そうです。ちょうどその頃、私は職業訓練校で清掃員になるための講座があることを知りました。当時、年齢制限などもありましたが、調べてみると中国残留孤児であることから、その制度が利用できることを知り、またここで技術を学びたいと交渉をして、チャンスを得ることができました。

ここでは洗剤、建材の種類や機械の使い方、論理的な汚れの落とし方や特殊な作業など、清掃に関するあらゆる技術を学びました。新しい技術を得て、それが現場で実践できるようになることが何よりも嬉しかった。そして訓練校で出会った、鈴木先生(現在の会社の元常務取締役)に掛け合い、日本空港テクノ株式会社に就職したのです。

――清掃の仕事を続ける中で、転機とも言えるような出来事があったそうですが、それはどんなことだったのでしょうか?
はい。本当にこの経験が私の人生を変えたと言っても過言ではない出来事がありました。鈴木常務のすすめで挑戦した、「全国ビルクリーニング技能競技会」への出場です。

――優勝ではなかったことが大きなステップアップにつながったとのことですが、何位だったのでしょうか?またその後、最年少での優勝を勝ち得るまでの経緯を教えてください。
清掃の技術と情熱は誰にも負けない自信があったのに、なんと予選結果は2位でした。「なんで?」と。絶対に私の方ができているのに、どうして私は優勝できなかったんだろうと、本当にショックでした。

何度考えても理由がわからなくて。そこで、鈴木常務に「何がいけなかったのですか?」と聞きました。すると常務は「あなたには足りないものがありますね。それが何だか分かりますか?」とこたえてくれました。

思いつくことが何もないので「分からない」と伝えると、「あなたはこの清掃道具を作った人のことを考えたことはありますか? 今日の大会は、大勢の人が見にきていますが、こうして訪れた人たちに、競技を見て楽しんでもらおうと考えることはありましたか?」と。ハッとしました。

私は自分の技術のことしか頭になかった。競技は20㎡の場所で椅子をあげてワックスがけをするだけという、1人の清掃員で完結するシンプルな作業。ですから、その作業が時間内に終わってキレイになっていればいいと思っていたんです。何のための競技会か、見る人を楽しませることができているか、“キレイにする”という行為を通して、“自分が”ではなく“相手が”どう感じるかということなど、考えもしませんでした。

改めて考えれば、「この道具は握りやすいように」「使う人が手入れしやすいように」と工夫されて製造された清掃道具。それは私以外の人も使います。次の人が気持ちよく使えるようにするには、どんな状態で置いておけばいいのか。そんな見えない部分に愛情が込められていることに気づいたのです。

――清掃の技術を高めるということとはまた別の視点ですね。
私は自分のことしか考えていなかったことを反省しました。そして頭では理解できた。でも、これまで常に自分軸で物事を考えて生きてきたので、どうすればそれが克服できるのかが分からない。だから体得するしかないと思いました。

そこで全国大会までの2か月間、常務にお願いして仕事が終わってから夜遅くまで付き合ってもらい、常務の動きやしぐさを徹底的に真似して、できていないところをチェックしてもらいながら必要なことを覚えていきました。道具の手入れ方法、歩き方、目線の配り方…無心になって真似ているうちに、周りの人への思いが表情として表れてくることが体で分かってきたのです。

その結果、清掃にはモノや人に対する思いやりの心がそのまま出ることに気づきました。そして、それが頭でも体でも理解できるようになった時、最年少での優勝をすることができていました。私自身の考え方や価値観が180度変わるような出来事でしたね。

視点をかえたことで得ることができた「思いやりの心」


――話を伺ってくると、物事にかなり集中するタイプのように感じられますが、結婚後、このペースで仕事と家庭の両立をすることは大変ではありませんでしたか?
若い頃は食事など私が作っていましたが、食事を準備して、いざ食べるときに眠ってしまうこともありました(笑)。家事も仕事も…と頑張っていたのですが、そんな私を見かねて夫が家事を手伝ってくれるようになり、今は夫が食事の支度をしてくれています。夫は20歳の頃から一緒で、私のことをよく知っているので。夫の理解と協力のおかげで仕事に打ち込むことができ、本当に感謝しています。

――職場でも同じように周りの人が助けてくれるそうですね。
そうですね。職場でも同じように、私の足りないところに対して、自然にみんなが力を貸してくれています。おかげで私はその分、もっと違うことを考えたり、動いたりすることができ、皆の足りないところのサポートにまわることもあります。技能競技会をきっかけに「他の人を思う」ことを体得できたからだと思っています。

――家庭でも仕事でも、相手に対する思いやりやコミュニケーションを心がけることが大切だということですね。
そう思います。視野が広くなることで仕事の効率が上がり、心に余裕が生まれます。すると、お客様にも仲間や道具に対しても優しく接することができるようになり、「キレイにしてくれてありがとう」と声をかけてもらうことが増える。

自分がやったことをちゃんと見てもらっていることが嬉しくて、“もっとキレイにして喜んでもらいたい!”と思う。これが繰り返されていたら、いつもキレイで気持ち良い場を提供することができますよね。

このように周りとの関係を円滑にすることは、結果として“いい仕事をすること”につながっていくのだと感じています。大変なことは色々ありますが、日々楽しみながらいい仕事ができているのは、やはり周りのおかげだと感謝しています。

――こうして周りとの円滑なコミュニケーションを図るうえで、新津さんが大切にしていることはどんなことですか?
ふたつあります。まずは人と初めて会った時、相手の魅力的なところはどこかを探すこと。それも「自分にはない、その人の良いところ」というのがポイントです。そして、同時にこの人に自分はどんなことが提供できるか、また相手は自分にどんなことをしてくれるかと考えます。お互いに補い合えるところを知るということですね。

そしてもうひとつは、“合わないと思った人には近づかない”こと。苦手だと思ったら、敢えてそれ以上は近づかないようにしています。ただし仕事を成し遂げるという目的がある場合には、直接話しをしたり、自分が折れて相手に合わせたりといったことも必要だと思っています。

清掃業界の未来を創る!次世代の育成と環境整備に力を注ぎたい


――最近はスタッフの育成や職場の環境整備にも力を入れているそうですが、次世代の指導・育成を行う上で、心がけていること、気をつけていることは?
その人それぞれの性格に合わせた指導をすることですね。最初に会った時、本人のことをまず理解することから始めます。

清掃を一通り覚えるためのプロセスとしてマニュアル的なものもありますし、初めて清掃をするならどこから始めるかといった場所の順序もあります。

しかし性格やタイプはひとそれぞれ。ですから、相手のありのままを認めた上で、「この人ならこういう指導の仕方にしよう」「あの人ならこの場所から始めよう」と、その人にあったペース、指導の仕方で仕事を覚えてもらうように心がけています。

――新津さんが今後目指していることを教えていただけますか?
まずは清掃という仕事の職場環境を整えたいです。清掃の仕事って若手が少ない。それはなぜかというと清掃そのものを嫌がる人が多いから。そしてこれは日本の歴史や文化に根付いたものだと思うのですが「トイレの清掃は女性がするもの」という暗黙の了解というか、そうした考え方が残っているのが現状です。女性は入って最初に担当するのがトイレなのに対し、男性はロビーから。若い女性が仕事を始めていきなり「トイレ清掃から」なんて言われたら嫌ですよね。それに女性だけなんて、不公平さを感じますし。

みんな「変えなきゃ」と思っていても、実際にはなかなか変えたがらないというのが現実です。けれども、それではいつまでたっても若手の清掃員が増えてくれない。ですから私は清掃協会に「男性も一緒にトイレの清掃をやるように」と働きかけています。うちでは現在、若手男性でトイレ清掃をやってもらっている人がいます。少しずつではありますが、こうした小さな働きかけの積み重ねがやがて大きな変革につながると考えています。

【プロフィール】
新津春子(にいつはるこ)
日本空港テクノ株式会社 ハウスクリーニング事業部(兼務)環境管理部環境マイスター。1970年、中国残留日本人孤児2世として中国・瀋陽に生まれ、17歳で渡日。以後、30年以上清掃の仕事に従事する。
1997年に、最年少で「全国ビルクリーニング技能競技会」で優勝。現在は羽田空港国際線ターミナル、第1ターミナル、第2ターミナル清掃の実技指導者に加え、同社唯一の環境マイスターとして清掃職人の育成や国内外の企業、団体への講演活動なども行なう。
ビルクリーニング技能士 / ハウスクリーニング技能士

“世界一”のカリスマ清掃員が教える 掃除は「クロス」を使って上手にサボりなさい! /主婦と生活社
ほか、著書多数。

取材協力 日本空港テクノ株式会社
http://www.jatec.co.jp

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